
この記事はポッドキャスト Episode 81:カメラ熱が再熱 – 今だから”残す”意味(13:32)の内容を書き起こし、読みものとしてまとめ直したものです。
最近、カメラ熱が再燃しています。
僕は映像クリエイターやフォトグラファーとして、仕事でカメラを使っています。趣味でも写真を撮ってきました。
でもここ1〜2年くらい、カメラを日頃から持ち歩くことが少なかったんですね。
カメラって、持っていると単純に邪魔なんですよね。
いかにして楽に持ち運べるか、という工夫は散々してきましたし、今でもめちゃくちゃしています。
僕が使っているのは、フルサイズセンサーが乗ったソニーのミラーレス機です。かなり小型ではあるんですけど、スマホと比べるとまだまだ大きい。
フルサイズだと、レンズもどうしても大きくなりがちです。なのでズームレンズは基本的に使わず、単焦点で、できる限り小さいものを選んでいます。
それでもやっぱり邪魔で…。ここ最近は持ち運ばなくなって、撮らなくなっていました。
いつ熱が冷めたのか、考えてみてもよく分からないんです。
たぶん、iPhoneで撮れるシチュエーションもかなりあるし、それでもいいじゃん、という感覚に落ちたのがきっかけだったのかもしれません。
今はiPhone 17 Proを使っていて、それなりに綺麗に撮れます。ポケットに入るし。
ここ半年くらいは、iPhoneのカメラでどれくらい撮れるのかを割と追求していました。それでより一層、カメラを持ち運ばなくなった、というのが背景にあると思います。
でも、カメラを本格的にやってきた身からすると、分かっちゃいたけど、iPhoneじゃ物足りないんですよ。
被写界深度の感じとか、そもそもの解像感とか。ミラーレスとは質感のレベルが全然違う。
最近は写真だとマニュアルレンズを積極的に使うようにしています。一時期やめていたのを復活させてみたんですけど、これがやっぱり素晴らしい。
娘とどこかに出かけたときに撮ると、「カメラ持ってきてよかった」と思うんです。
カメラを持ち運ぶことの意味と、きちんとしたカメラで撮ることの価値。それを再発見しているのが、今だったりします。
僕のメイン機は、ソニーのα7Sの初代です。2012年くらいに出たカメラを今でも使っています。
正直、肌の質感は結構悪いんですよね。ソニー独特の青みがかかるので、人の肌だと顔色が悪いみたいに写ってしまう。肌色は完全にキヤノンのほうがいいです。
でも、僕がカメラを始めたきっかけがソニーのα7シリーズだったので。ノスタルジー的な感じで、10年以上前のカメラを使い続けています。
そこにフォクトレンダーの40mmを乗せて、マニュアルで撮っています。
以前の僕は、ファインダーを覗かずにモニターだけ見て撮っていました。目がめちゃくちゃ良かったので。良かった、というほうが正しいのかもしれませんが(汗)
完全ノーファインダーで、サイレントシャッターのカメラしか使わないので完全無音。連写モードは必ず遅めの設定にして、パパパパッとひたすら撮っていく。
構図の追い込みならファインダーを覗くべきなのは分かっています。それでも僕は、構図よりもその場その瞬間のリアルなライブ感を相当大切にしてきました。質よりも数、みたいな感じでやってきたところが結構あるんです。
ところが最近、老眼がひどくて…。モニター越しにマニュアルレンズでピントを合わせることができなくなりました。
その都度ファインダーを覗かなければいけない。カメラをやっている人からしたら当たり前のことなんですけど、僕にはその手間が大きかった。たぶん、カメラ熱が冷めた理由にはこれもあったと思います。
ただ、これからはもうちょっと構図も意識してやっていくか、という割り切りもできてきました。それを楽しめるようになってきたかな、というところです。
写真を撮ると、その裏にメタデータが残ります。いつ、どこで、何を撮ったか、という事実です。
僕はこの情報をすごく大切にしていきたいと思っています。
これまでも散々撮ってきたんですけど、未来のことを考えて撮ってきたというよりは、その瞬間に撮りたいから撮ってきた、という感じでした。
でもAI時代になって、その瞬間を未来のためにどう残していくべきか。そういうことを感じるようになってきています。
僕は今、ハイパーライトフィッシングやShine a Lightなど、メディアを3つ運営しています。なぜそれをやるのかというと、その時その瞬間の情報を残して、未来につなげていく、というのが一つあるんですね。
その一番わかりやすい手段が、僕は写真だと思っています。
テキストのほうがもちろん手っ取り早い。でも写真は動画よりも手っ取り早くて、論より証拠みたいなところもある。写真の普遍性みたいなところに、今すごく魅力を感じています。
メディアをやっているからこそ、iPhoneの写真だと物足りない。きちんとカメラを持っておいて、きちんと残して、きちんと現像する。その努力が必要なのかなと思っています。
カメラの機種自体には、ここ数年ずっと興味がありません。そうじゃなくて、残すことのほうに気持ちが向いている。いろんなタイミングが全部合わさって、再燃しているんだと思います。
最近、SDカードを挿すと自動でスクリプトが走る仕組みを作って、これが非常に楽になってきています。その話はまた別の機会に。
🎧 この話は音声でも聴けます: Episode 81:カメラ熱が再熱 – 今だから”残す”意味(13:32)