
つくる(映像/Web/AI)と、生きる(健康/釣り/田舎暮らし)。デジタルをハックし、アナログを愉しむ。日々、その境界線を行き来する思考の記録。
書き手は徳島県の限界集落に暮らす、小林大介です。
さて、皆さんはどんなGWを過ごしましたでしょうか?
僕のGWは大半が娘と過ごしていまして、特に何をしたというわけではありませんが、非常に有意義な時間を過ごすことができました。
娘は日頃、徳島県北部に妻と住んでおり、僕は南部で仕事を中心に行っております。つまり別居をしています。
友人などに久しぶりに会うと「今どっち?」みたいな話からはじまり、「平日は南が大半だよ」ってのが通例となっています。
妻はサービス業で休日祝日は仕事なため、僕が北に行き面倒を見るのが日課となっていますが、GWということもあり、3日間ほど南で一緒に過ごすことにしたのです。
だいたい1ヶ月に一回南に連れていく感じですが、今回は3ヶ月ぶり。
iPadでYouTube&ディズニー映画を見せつつ、ゲームのコントローラーに興味を持ったため軽くゲームをやらせてみると思いの外楽しかった様子。

ミュータント・タートルズのゲームをやっていました。両手で十字キーを操作。もう可愛いすぎる。
また、飼い猫のジョンと一緒に遊んだり、家の中に入ってきた鳥を観察したり、僕の住む家の庭には多くの生き物たちがいるため、北では味わえないテックとアナログ双方の極端な生活を、恐る恐るながらも体験していました。
そうそう、ムカデ対策したにも関わらず、ツガイで登場し本気で焦りました(汗)。というか対策したからこそ、「モゾッ」とでてきたのだと思います。



さて今週はほぼGWでしたので娘と一緒の時間が多く、やるべきこと・仕事などはほぼ行えませんでしたが、一部で話題となっているSubstack(サブスタック)を少し触ってみていました。
Substackは端的に書くならSNSとメルマガが合体したようなプラットフォームで、僕はUIが苦手と思い敬遠をしていましたが、イケハヤさん界隈で話題となっていることで軽く触ってみていました。
あわよくば、そのままSubstackを僕の活動を広めるためのツールとして導入しようかと思っていましたが、どうやらやらない方向へと舵を切りそうです…
…というのも、触っていても面白くないし楽しくない。一ミリも。
だから結局見ないし、フォロワーや登録者も増えるはずもありませんから余計に面白さを感じません。
参入しているユーザーは、それぞれ何かしら熱量を持って盛り上がっているのは分かるのですが、その熱量が僕の感情と全くマッチしません。
ニッチな情報を届けてくれそうな方や、ファンの方であれば登録して読みたい!となることに違いありませんが、試しにフォローや登録などしてみるも、もう情報が多すぎて、たとえ有益であろうが逆にノイズになってしまって無理…となっているのが今の僕です。
ほんと、もうノイズだらけで少し見ただけで疲れてしまう始末です。
…とはいっても、メルマガ機能は使いたいなと思っていまして、現在Buttondownというニュースレター配信サービスで設定をしていますが、これをSubstackに乗り換えるのはアリかと考えています。
なににせよ日々進化するAIに新興SNSと、既にツールは揃っていますが、そのツールを捨てた時、一体自分に何が残るのだろうか?と考えつつ、AppleWatchのマインドフルネスアプリを使って深呼吸をし、HRV値を測りながら娘と過ごした一週間となりました。
来週は仕事を片付けつつ、釣りに明け暮れる日々を送りたい…と思いつつも、どこか心にブレーキがかかり、きっといつもと変わらない日々を送っているような気がしています。
要は「変えたい自分がいるのに変えられない」状況を、釣りによって打破したいと考えている一週間となりそうです。
というのも、凄まじいAIの進化により、僕は一時期勘違いしていた時期がありました。「これはすごい技術が手に入ったぞ」と。
しかし、そうした技術がどれだけ進化しても、それを使って何をするかを決めるのは結局自分自身で、その「自分自身」がブレーキを踏んでいる限り、どんな道具も棚の上に置かれたままでした。
AIが書いてくれる。AIが考えてくれる。AIが整えてくれる。
それは紛れもない事実。でも「何を書くのか」「何のために考えるのか」「整えた先にどこへ行くのか」。
その問いは、どこにも外注ができず、自分の中からしか生まれないものです。
プロンプトを打てばそれらしい文章が返ってくる。構成を頼めばきれいに並べてくれる。今まで出来なかったシステムが構築できる。「これはすごいことになったぞ」と本気で勘違いしていました。効率が上がった、生産性が上がった、と。
でも、ふと立ち止まったとき、自分の手元に残っているものを見て気づいたのです。
速くなっただけで、遠くには行けていない。量は増えたかもしれないけれど、深くはなっていない。寧ろ浅い。
道具が優秀になった分だけ、自分という存在の輪郭がぼやけていったような感覚すらありました。
そう、すごい技術が手に入ったのではなく、すごい技術によって「自分には何があるのか」を突きつけられただけだったのです。
そしてそれは怖いことでもあります。なぜなら「何もないかもしれない」という可能性とも正面から向き合わなければならないからです。
道具のせいにできた時代のほうが、ある意味では楽だったのかもしれません。
ただ一方で、こうして悩む、壁にぶち当たることは決して間違っていないとも思っています。なぜなら、時代は今とてつもない変革の最中だからです。
未来がどうなるのか?今は本当に分からない。
ただ確実に分かることは、人は絶対に人であるという真理はAIが進化しようと決して変わらないと思うのです。
だから僕をはじめとする多くの人は、インフルエンサーによる新興SNSにすがるのだと感じています。
そして、僕は新興SNSで自分の居場所を作りたいわけではないのだと、俯瞰して感じています。
実験的に「A to I」と題したフォトグラフコーナー。
A to lの解釈は、Aはアナログなのか、愛なのか、Artificialなのか。lは自分なのか、愛なのか、想像なのか。
解釈はその時々によって変わりますし、変えて良いですし、そもそも人によって違うといった非常にご都合主義でありながらも、リキッド的な極めて現代的なアプローチでもあります。
今の僕のトピックとしては、間違いなく「アナログ to インテリジェンス」。



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