
この記事はポッドキャスト Episode 114:映画育ちの僕が向き合う、リール動画という別世界(13:02)の内容を書き起こし、読みものとしてまとめ直したものです。
僕はプロの映像クリエイターとして、ずっと活動してきました。
でも、リール動画はほとんど作ったことがありません。たぶん10本か20本とか、それぐらいです。
ショート系の縦型動画ですね。それを僕は今「リール動画」と呼んでいるんですけど、これが本当に難しい。今はそれを、うまく作れるようになりたいと思っています。
僕の映像の土台にあるのは、映画です。
これまで、映画はたぶん1000本ぐらいは観てきました。作家性のあるところだと、ドキュメンタリーっぽいもの、ドキュメンタリータッチなものを割と撮っていたりします。
一番好きな映画を挙げるなら、『トレインスポッティング』と『パルプ・フィクション』です。
これは作品として素晴らしいから、という話ではありません。もちろん素晴らしいんですけど、どちらかというと、僕に衝撃を与えてくれた映画として挙げています。
素晴らしい映画で言えば、やっぱり『2001年宇宙の旅』や『シャイニング』。キューブリックが好きです。『ゴッドファーザー』のコッポラもそう。ブライアン・デ・パルマもずっと好きですし、挙げればキリがありません。
昨夜も『ミッキー17』を観ていました。韓国の方が監督していて…名前が出てこないんですけど(汗)。途中で寝落ちしちゃいました。
とにかく、監督で映画を観るタイプなんですね。そうやって影響を受けたものを、できる限り自分なりに消化吸収して、仕事に生かしてきました。
ところが、リール動画となると、全く世界が違うと感じています。
映画と同じ感覚で映像を作って編集すると、全然違うものになる。リール動画にはリール動画の独自の世界観があって、僕の中でまだ落とし込めていません。
カメラひとつとっても迷います。
ミラーレス一眼を縦にして撮ればいいんだろうけど、正直なところ、横で撮っておきたい。じゃあiPhoneで縦に撮るのかというと、画質的に納得のいくものが残せないんですよね。
この間も娘を被写体にしていろいろ撮ってみたんですけど、なかなか難しいというのが正直なところでした…
最近は、Instagramのリール動画をひたすら見て研究しています。
どのクリエイターがいい、というチェックまではしていません。本当にひたすら、狂ったように見ているのが現状です(笑)
ドーパミン系のものが上手な人は、日本にもいっぱいいると思います。でも、限られた枠の中で何かを伝えるのが上手、心に刺さるという意味では、海外のクリエイターが圧倒的に優れていると感じています。
僕はそういったものに強く影響を受けがちなので、今はそこを模索しているところです。
逆に、全くそそられないものもあります。
例えば徳島のロケーションをひたすら撮って、ビューティフルデスティネーション的にジンバルで縦型に撮っていく。四国だと八十八ヶ所を撮っていく、とか。そういうリール動画も流れてきますけど、綺麗な景色だけ撮って中身が何にもないものが、山のようにあったりします。
難しいのは、僕が全然惹かれないなと思うものでも、数としては伸びていたりすることです。
リール動画の世界では、数がある種の正義になっている部分があります。僕は数ではなく、質のところに落とし込みたい。
ただ、ある程度の数をキープしておくことは、世間からの評価をキープすることでもあります。映像としてうまく落とし込めているかどうかの、ひとつの指標にもなり得るのかなと思っています。
そのさじ加減ですよね。どのあたりを目指せばいいのか。
正解は人それぞれ全然違うと思います。僕は仕事としてもやっているので、仕事としてどんなバランス感覚で落とし込めるか。それをリール動画で追求していきたいんです。
そもそも、何を伝えるべきなのか。何のために撮るのか。そのスタート地点が、まだよく分かっていません。
例えばインタビュー動画なら、10分、30分かけなければ伝わらないことがあります。それを、リール動画だからこそ伝えられる形にできないか。そこを追求したいんですよね。
もしかしたら、そんなことをする必要はないのかもしれません。
本で言えば、活字が読める人と読めない人の間には、すでにふるいがかかっています。リール動画を見ている時点で、ある種のフィルターにかけられている状態とも言えます。10分、30分のドキュメンタリーが見られない人に、わざわざリールで届ける必要はないのかもしれない。
でも、活字が読めない人にも読みやすい本というのは、山のようにありますよね。僕自身、入門書のような本から書籍を読めるようになった背景があったりします。
だから、そこを追求してみる面白さを、僕は感じています。
人間がなぜそこまでリール動画に惹かれるのか。単純にドーパミンなんですけど(笑)
そのドーパミンを、中毒症状としての悪いものではなく、良い方向に作用させられないか。それが、クリエイターとしての僕の一つの仕事なんじゃないかなと思っています。
単純に映像を作り上げることが成果ではありません。きちんとそういう部分に落とし込んで、結果として形に残していくこと。それが成果だと僕は思っています。
まだ答えは全然見えていません。でも、自分の人生をかけて、そういうものが作れたらいいなと思っている今日この頃です。
🎧 この話は音声でも聴けます: Episode 114:映画育ちの僕が向き合う、リール動画という別世界(13:02)